夫の願望を知ったのは、結婚3年目のことだった。
夫の和也は、私が他の男性に抱かれることを想像すると興奮する——そう打ち明けられたとき、私は冗談だと思って笑った。夫は笑わなかった。それから4年間、その話は夫婦の間で、触れてはいけない引き出しのようにしまわれていた。
引き出しが開いたのは、結婚7年目。会話が減り、同じ部屋にいても別々の場所にいるような、いわゆる倦怠期だった。
夫が切り出した夜
「他の人と会ってみてほしい」と夫は言った。声が少し震えていた。七年一緒にいて、夫があんなに緊張しているのを見たのは初めてだった。
「本気で言ってるの?」
夫はうなずいた。3年目のあの夜の話は、ずっと本気だったのだと、そのとき初めてわかった。
私たちは長い時間話した。なぜそう思うのか。私がどう感じるか。嫌なら断っていいこと。夫は途中でコーヒーを淹れに立って、また戻ってきた。その間も会話は続いた。
二人で決めたこと
「会うなら、話してほしい」と夫は言った。「全部じゃなくていい。話したいことだけでいい」
条件はそれだけだった。私は泣いた。なぜ泣いているのか、自分でもよくわからなかった。罪悪感ではなかった。ただ、夫という人間の奥行きに触れて、どこかが開いた感じがした。
その夜、私たちは長い時間、抱き合っていた。性的な意味ではなく、ただ身体を寄せていた。
はじめて会った日の後で
最初の彼と初めて会った日の夜、夫は「どうだった?」と聞いた。私は正直に「緊張した。でも会えてよかった」と言った。夫は「そっか」と言って、私の頭を撫でた。
あの撫で方が、今も忘れられない。責めるでも哀れむでもなく、ただそこにいてくれる、という感触だった。
あれから5年になる。最初の彼とは3年続き、今は別の人と1年以上の関係がある。クンダリーニ瞑想を始めたのは、この関係が始まってしばらくたってからだ。二人の男性のあいだで揺れる感情を、身体の感覚として観察する方法を探していて、たどり着いた。
チャレンジ、という言葉は少し違うかもしれないと今は思う。挑戦というより、探索に近い。私たちは、愛の新しい地図を一緒に描いているのだと思う。まだ途中で、わからないことだらけで、それでも今のところ、迷子にはなっていない。