「脳イキ」という言葉を最初に聞いたとき、正直、眉唾だと思っていた。
身体的な刺激なしに達するなんて、それは「そう感じたい人がそう感じているだけ」じゃないか。そう思いながら、それでも調べるのをやめられなかったのには理由がある。
夫公認の関係が始まって数年がたった頃、私は自分の感情を持て余していた。夫の和也を愛している。彼のことも大切に思っている。その二つが同時に胸の中にあるとき、身体のどこで何が起きているのか、自分でもわからなかった。感情を言葉で整理するのには限界があって、もっと身体の側から観察する方法が欲しかった。
寝室の床で
最初の夜は、夫が寝たあとの寝室の床だった。ヨガマットを敷いて、あぐらをかいた。本で読んだとおりに、背骨をまっすぐにして、目を閉じる。
吸って、止めて、ゆっくり吐く。会陰のあたりに意識を置く。何も起きない。脚がしびれてきて、頭の中では明日の予定が勝手に回り始める。20分ほどで、私は「やっぱりね」と小さく笑ってやめた。
それでも翌日も、その次の日も、同じ時間に床に座った。何かを感じたかったというより、その20分の静けさが気に入ったのだと思う。
三週間目の「何か」
三週間ほどたった夜、背骨の根元がじわりと温かくなった。気のせいかもしれない、と思った。でも次の夜も、同じ場所が温かくなった。
それを追いかけようとすると消える。放っておくと、また戻ってくる。「感じようとしすぎると感じにくくなる」と本に書いてあった意味が、少しだけわかった気がした。
二ヶ月目の夜
はっきりした体験は、二ヶ月目に来た。いつものように呼吸を続けていると、温かさが背骨を伝って上へ昇り始めた。胸を通り、喉を通り、頭の奥で、光のようなものが広がった。
快感というより、光に近かった。脊椎の根本から頭頂へ、波が何度も昇っていく。怖さはなかった。ただ、涙が出た。
いま思うこと
これが科学的に何なのか、私にはわからない。伝統的な説明を借りれば「クンダリーニの上昇」ということになるのだろうし、単に深いリラックス状態での身体感覚なのかもしれない。どちらにしても、私にとっては本物の体験だった。
そしてこの体験は、最初の目的——揺れる感情を身体で観察すること——にも、思っていた以上に役に立った。夫を想うときは胸から、彼を想うときは下腹部から感覚が動く。その違いがわかるようになってから、二つの愛を「矛盾」ではなく「別の場所から来るもの」として受け止められるようになった。
感じ方には個人差がある。初回から何かを感じる人もいれば、何ヶ月もかかる人もいる。強い不安や不眠が出るときは、無理に続けないでほしい。やり方は実践ガイドにまとめている。